何が起きたのか
2024年1月1日午後4時10分、石川県の能登地方を震源とする最大震度7の大地震が発生した(令和6年能登半島地震)。津波警報が出され、甚大な被害が生じた。
地震発生の直後から、X(旧Twitter)をはじめとするSNS上で、偽の救助要請、過去の災害映像の流用、「人工地震」という陰謀論、偽の寄付募集など、大量のデマが拡散された。
情報通信研究機構(NICT)の分析によると、地震発生後24時間以内にXに投稿された救助要請は約1,100件。そのうち約4分の1に矛盾があり、約1割にあたる104件がデマと推定された。2016年の熊本地震では偽情報とみられたものがわずか1件だったことと比べると、爆発的に増加していた。
偽の救助要請によって、警察や消防が実在しない現場に出動し、本当に助けを必要としている人の救助が遅れるという深刻な事態が起きた。7月には偽の救助要請を投稿した男が逮捕された。
経緯・タイムライン
2024年1月1日 午後4時10分
- 能登半島を震源とする最大震度7の地震が発生
- 大津波警報が発令
地震発生から数時間以内
- SNS上に被災者からの本物の救助要請が投稿される
- 同時に、偽の救助要請が大量に出現
- 実在しない住所で「家族が挟まれている」「助けてください」と投稿するアカウントが多数確認される
- 東日本大震災の津波映像を「今回の地震の映像」と偽って投稿する行為も発生(数百万回表示されたものも)
1月1日 午後7時ごろ
- 埼玉県の男(当時25歳)が、被災者を装って輪島市の住所を記した偽の救助要請をXに投稿
- 「倒壊した家屋に家族が挟まれた」という内容を十数回にわたり繰り返し投稿
- この投稿を見た人が輪島市役所に通報→県警機動隊10人が現場に急行
- 約20分間捜索するも、倒壊家屋はなく、住民も無事だった
1月2日
- 総務省がX上で偽情報への注意喚起を投稿
- SNS上に「人工地震」という陰謀論が拡散。「人工地震」を含む投稿が37万件以上に(朝日新聞調べ)
- 偽の寄付募集(PayPayやQRコード決済で振り込みを誘導)も確認
1月4日
- 岸田首相(当時)がXで「実在しない住所や無関係の画像で救助を求めるような情報等、事実に基づかない不確実な情報がSNS上で拡散しています。こうした悪質な虚偽情報は決して許されません」と注意喚起
1月5日
- 官房長官・総務大臣が記者会見で「迅速かつ円滑な救命救助活動の妨げになりかねない」「犯罪にもつながりうる」と発言
- 日本ファクトチェックセンターが偽情報を5つの類型に分類し、注意喚起を公開
2024年7月24日
- 石川県警が、偽の救助要請を投稿した埼玉県の男(25歳)を偽計業務妨害容疑で逮捕
- 男は「震災に便乗して自分の投稿に注目してほしかった」と供述
- 能登半島地震でSNSへの虚偽投稿が摘発されたのは初めて
どんなデマが広がったのか
日本ファクトチェックセンターは、能登半島地震にからむ偽情報を以下の5つの類型に分類した。
① 偽の救助要請
「家族が倒壊した家に挟まれている」「車に閉じ込められた」など、実在しない住所や架空の状況で助けを求める投稿。「#SOS」「#拡散希望」「#助けて」などのハッシュタグで拡散されやすくされていた。
② 過去の災害映像の流用
東日本大震災の津波映像を「今回の能登の地震の映像」と偽って投稿。中には数百万回表示されたものも。
③ 根拠のない犯罪情報
「外国人の盗賊団が能登に集結中」「避難所で略奪が起きている」など、根拠のない犯罪情報が拡散された。
④ 偽の寄付募集
被災者を装い、PayPayや仮想通貨で寄付を募る詐欺的な投稿。
⑤ 陰謀論
「人工地震だ」という科学的根拠のない陰謀論が37万件以上投稿された。志賀原子力発電所の状況について根拠のない情報も広まった。
なぜデマが大量に発生したのか
1. 「インプレッション稼ぎ」(インプ稼ぎ)という新しい動機
2023年夏からX(旧Twitter)は、投稿の閲覧回数(インプレッション)に応じて広告収入を受け取れる仕組みを開始した。これにより、たくさんの人に見てもらうこと自体がお金になるようになった。災害時は人々の関心が集中するため、注目を集めやすい。偽の救助要請や衝撃的な映像を投稿して閲覧数を稼ぐ「インプ稼ぎ」が、デマ急増の最大の原因とされている。
2. 「善意の拡散」がデマを広げた
偽の救助要請を見た人が、「少しでも助けになれば」と善意でリポスト(リツイート)した。しかし、その善意が結果としてデマを広げ、救助活動を混乱させた。確認もせずに拡散する「善意」は、時に害になる。
3. コピー投稿が止められなかった
元の偽投稿が削除されても、内容がコピーされて別のアカウントから再投稿される「パクツイ」が大量に発生。中には普段日本語を使っていない海外アカウントからの投稿も多く、収益目的で世界中から参入していたとみられる。
4. 災害時の心理が判断力を鈍らせた
災害の不安の中で「本当かもしれない」「万が一のために拡散しておこう」という心理が働き、冷静な情報の見極めがむずかしくなっていた。
2011年 東日本大震災のデマとの比較
災害時にデマが広がるのは今回が初めてではない。2011年の東日本大震災でもTwitter上で多くのデマが拡散された。しかし、13年の間に状況は大きく変わった。
- デマの動機が変わった:2011年は不安や善意からの誤情報が中心だったが、2024年は収益目的の意図的なデマが急増
- 偽の救助要請が急増:2016年の熊本地震では偽情報1件だったが、能登半島地震では104件に急増
- 海外からの参入:日本語を使わないアカウントによるコピー投稿も多数確認
- 逮捕者が出た:2011年は逮捕に至らなかったが、2024年は偽計業務妨害で逮捕
「災害デマは進化する」。技術や仕組みの変化に合わせて、デマの手口も動機も変わっていく。
結果・影響
救助活動への深刻な影響
- 偽の救助要請によって、警察・消防が実在しない現場に出動
- 投稿された住所の住民は「容疑者の投稿がなければ、助かる命があったはず」と憤りを示した
- 限られた救助資源が偽情報の対応に割かれ、本当に助けを必要としている人への救助が遅れた可能性
法的な対応
- 7月に偽の救助要請を投稿した男が偽計業務妨害容疑で逮捕
- 警察庁のサイバー特別捜査部が捜査を支援し、発信元アカウントを特定
- 政府が偽情報対策を検討する有識者会議を設置
社会への影響
- 「SNSの情報は災害時に信頼できるのか」という根本的な問いが社会に投げかけられた
- 総務省がSNS事業者に偽情報削除の迅速化を求める制度整備を検討
- 専門家から「SNSは情報インフラとしてはもう機能していない」という厳しい指摘も
教訓
1. 災害時こそ「情報源」を確認する
災害時は不安が高まり、情報を鵜呑みにしやすくなる。しかし、公的機関(気象庁・自治体・警察・NHKなど)の情報を最優先で確認することが大切。個人のSNS投稿だけを根拠に行動しない。
2. 「善意のリポスト」がデマを広げることがある
「助けを求めている人がいるなら拡散しなきゃ」という気持ちは理解できる。しかし、確認せずに拡散することは、デマに加担することと同じ。「本当に信頼できる情報か?」と確認してから拡散する冷静さが、災害時こそ求められる。
3. 「インプレッション稼ぎ」の仕組みを知る
Xでは閲覧回数が収益につながる。だから、注目を集めるために衝撃的な内容や偽情報を投稿する人がいる。「衝撃的な投稿ほど、疑ってかかる」という姿勢が必要。
4. 偽の救助要請は「人の命を奪う」行為
「面白半分」「注目されたかった」という動機で偽の救助要請を投稿することは、実際に助けを求めている人の命を危険にさらす行為であり、犯罪として逮捕される。「ネットで書いただけ」では済まされない。
5. デマを見分ける力(メディアリテラシー)を身につける
災害時のデマを見分けるポイント:
- 情報源を確認:投稿者は信頼できるアカウントか?公的機関の情報か?
- 日時を確認:映像や写真はいつのものか?過去の災害のものではないか?
- 複数の情報源で照合:1つの投稿だけを信じず、他のメディアでも確認
- 感情に流されない:衝撃的な内容ほど冷静に
6. 「流言は智者に止まる」
内閣府も引用した古いことわざ。デマは、賢い人のところで止まる。情報を見極める力を持った人が拡散を止めることで、デマの連鎖を断ち切ることができる。あなたが「智者」になれるかどうかが問われている。
考えてみよう
- 大きな地震が起きたとき、SNSで「家族が建物の下に挟まれています、助けてください」という投稿を見たら、あなたはどうしますか?
- 2011年と2024年で災害デマが変わった最大の理由は何だと思いますか?
- 「善意で拡散する」ことの問題点は何ですか?どうすれば「善意」を正しく使えますか?
- 災害時にSNSの情報は役に立つと思いますか?それとも害が大きいと思いますか?
- 将来、もっと精巧なAI生成の偽映像や偽音声が出回る可能性があります。どう備えればいいでしょうか?
私たちができること
災害時の情報との向き合い方
- まず公的機関の情報を確認する
- 気象庁、自治体の公式サイト・SNS
- NHKや民放のニュース
- 警察・消防の公式発表
- 確認できない情報は拡散しない
- 「#拡散希望」「#SOS」がついていても、すぐにリポストしない
- 情報源(いつ・誰が・どこで)が明確でない投稿は疑う
- 同じ内容が複数アカウントからコピーされていたら、デマの可能性が高い
- 古い情報の拡散に注意する
- 映像や写真の撮影日時を確認する
- 過去の災害の映像が「今回の」として使い回されていないか注意する
- 偽の寄付に注意する
- 寄付は公的な団体(日本赤十字社など)を通じて行う
- 個人のSNS投稿で振り込みを求めるものは詐欺の可能性が高い
- デマを見かけたら通報する
- SNSの報告・通報機能を使う
- 「これはデマだ」と指摘するコメントも有効
対象年齢
この事件は特に以下の年齢層に知ってほしい内容です:
- 中学生:災害時にSNSで情報を集めることが増える年齢。「善意の拡散」がデマに加担するリスクを理解するため
- 高校生:SNSの収益化の仕組み(インプレッション稼ぎ)を理解し、メディアリテラシーを高めるため
用語メモ
- インプレッション稼ぎ(インプ稼ぎ):SNSで閲覧回数(インプレッション)を増やして広告収入を得ること。衝撃的な投稿やデマが使われることがある
- 偽計業務妨害罪:嘘の情報で人や組織の業務を妨害する犯罪。3年以下の懲役または50万円以下の罰金
- ファクトチェック:ニュースやSNSの情報が事実かどうかを検証すること。日本ファクトチェックセンターなどの専門機関がある
- 陰謀論:大きな出来事の裏に「隠された意図」があると根拠なく主張するもの。「人工地震」はその典型
- アテンション・エコノミー(関心経済):人々の注目・関心そのものが経済的価値を持つ仕組み。SNSの収益モデルの基盤
📚 参考資料・関連記事
この事件や災害時の偽情報について、以下のサイトでくわしく知ることができます。
📰 ニュース記事
-
🔗日本経済新聞
能登半島地震のSNSデマ、投稿者を摘発 拡散にも注意必要(2024年7月25日) -
🔗北陸中日新聞
うその救助要請で救急車出動「助かる命あったはず」(2024年7月25日) -
🔗nippon.com
災害時のデマ情報拡散どう防ぐ 一呼吸おいて慎重に確認を(2024年3月14日)
📖 公的機関・学習サイト
-
🔗総務省 情報通信白書 for Kids
能登半島地震における偽・誤情報への対応(小中学生向け解説) -
🔗総務省
上手にネットと付き合おう!〜安心・安全なインターネット利用ガイド〜 -
🔗日本ファクトチェックセンター(JFC)
偽情報・誤情報のファクトチェック記事を公開する専門機関
ℹ️ リンク先は外部サイトです。記事が削除されている場合があります。