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情報漏洩

2022年 尼崎市USBメモリ紛失事件 ── 全市民46万人の個人情報が、約2日間”行方不明”になった

📅 2022年6月21日 発生
✏️ 記事公開: 2026年7月23日
🎯 対象: 中学生・高校生
2022年尼崎市USBメモリ紛失事件 全市民46万人分の個人情報が一時所在不明に

📌 事件の概要

2022年6月、兵庫県尼崎市で全市民46万517人分の住民基本台帳情報などを保存したUSBメモリー2本が紛失した。市の許可なくデータをコピーして持ち出した再々委託先の社員が、作業後に飲酒し、かばんごと紛失したものだった。USBは約2日後に発見され、暗号化により情報漏えいは確認されなかったと結論づけられたが、無断の再委託・再々委託や、それを隠す工作、市の監査不足も判明した。「暗号化していても持ち出し・紛失は重大」「複数の安全策が同時に機能しなかった組織事故」という教訓を、身近な情報管理の視点から解説する。

ハッカーの攻撃でも、巧妙なウイルスでもありませんでした。直接のきっかけは、作業を終えた担当者が飲酒し、市民の個人情報が入ったかばんを紛失したこと。けれど調査で明らかになったのは、一人の不注意ではなく、無断のデータ複製、運搬ルールの不履行、作業後の未消去、無断の再委託など、いくつもの安全策が同時に機能しなかった「組織の事故」でした。2022年、兵庫県尼崎市で起きたこの出来事は、「情報を守る」とはどういうことかを、私たちにわかりやすく突きつけました。

何が起きたのか

2022年6月23日、兵庫県尼崎市は、市の業務にたずさわっていた社員が、全市民46万517人分の個人情報を保存したUSBメモリー2本を紛失した、と発表しました。同じ個人データを2本にコピーし、1本を副本(バックアップ)としていたものです。

きっかけは、新型コロナウイルスの影響を受けた世帯に配る「給付金」の事務作業でした。そのためのデータを移す作業をしようと、担当の社員が市民の情報が入ったUSBメモリー2本をかばんに入れて持ち出し、作業のあとに飲食店で飲酒。気づいたときには、USBメモリー2本を入れたかばんごとなくしていました。

USBメモリーにはパスワードがかけられ、中の情報は暗号化されていました。約2日後にかばんは見つかり、あとの調査で「紛失中に第三者がアクセスした形跡はなく、情報漏えいは確認されなかった」と結論づけられます。それでも、全市民の情報が一時的に所在不明となった事実は日本中で大きく報道され、市民に大きな不安を与えました。この出来事は、情報管理のあり方を根本から問い直すきっかけになりました。

経緯・タイムライン

6月21日:許可のない「複製」と「持ち出し」

担当の社員が、大阪府吹田市のコールセンターでデータを移す作業のため、市民の情報をUSBメモリー2本にコピーし、尼崎市の施設から持ち出しました。ここで重要なのは、コールセンターで作業すること自体は予定されていた一方で、USBメモリーへ個人情報をコピーすることや、それを社員個人が持ち運ぶ方法について、市の許可は得ていなかったことです。ルールがなかったのではなく、決められていた承認や運搬の手順が守られませんでした。

作業後:未消去のまま飲酒、そして紛失

社員は作業を終えたあと、その場でUSBメモリーのデータを消さず、すぐに帰宅もせず、関係者らとともに飲食店で飲酒しました。そして帰り道にかばんを紛失。6月22日未明に紛失に気づき、捜しても見つからず、警察へ遺失物いしつぶつ届(落とし物の届け出)を提出。同日午後、委託先の会社から尼崎市に「紛失した」と連絡が入りました。

6月23日:市が公表

尼崎市が記者会見を開き、事実を公表しました。この会見で市職員がUSBメモリーのパスワードの文字数や構成を説明し、「解読の手がかりを与えたのではないか」と批判が広がります。必要以上の情報を会見で明かしたことは、事故後の情報発信のあり方にも課題を残しました。

約2日後の6月24日:発見、そして「漏えい確認されず」へ

6月22日未明の紛失から約2日後の6月24日正午前、USBメモリー2本が入ったかばんが発見されました。USBメモリーに残されたアクセス記録をメーカーが調べたところ、紛失中に不審な操作は確認されませんでした。市の調査委員会も、個人情報の漏えいは確認されなかったと結論づけています。ただし、話はここで終わりませんでした。

その後:見えなかった「委託の連鎖」

調査が進むと、市が直接契約していたのは大手IT企業のBIPROGY(ビプロジー、旧・日本ユニシス)でしたが、実際の業務は市の承諾なく別の会社へ、さらにその先の会社へと無断で再委託・再々委託されていたことがわかりました。USBメモリーを運搬していたのは、この再々委託先に所属する社員でした。しかも、再々委託先の技術者に「BIPROGYの従業員であるかのように市職員に接するように」と指示し、所属を隠す工作までされていたのです。市の調査委員会は、契約では鍵付き金属ケースでの運搬などが定められていたのにその手続きが取られなかったこと、関係者のセキュリティ意識が欠けていたこと、そして市自身もデータの管理者としてのチェックが不十分だったことを指摘しました。BIPROGYは再委託先・再々委託先へ、市はBIPROGYへと、どちらもセキュリティ監査を行っておらず、調査委員会は情報管理の仕組みそのものを抜本的に見直すよう求めています。最終的に市はBIPROGYへ2,950万1,005円の損害賠償を請求し、2023年6月29日までに全額が支払われました。

暗号化していたのに、なぜ「大問題」だったのか

「パスワードもかかっていたし、暗号化もされていた。しかも見つかったのだから、問題ないのでは?」——そう思うかもしれません。これは、情報を守るしくみを考えるうえで、とても大切な問いです。

暗号化とパスワードは、拾った人が中身を見ることを難しくする対策でした。さらに、USBメモリーに残されたアクセス記録をメーカーが調べたことで、紛失中に不審な操作がなかったことを確認できました。暗号化は「開かれにくくする技術」、ログ解析は「実際に開かれなかったかを確かめる方法」——役割が違います。暗号化そのものは、私たちの情報を守る大事な技術です。

けれども、情報セキュリティでは、「実際に漏れたか」だけでなく「情報を危険にさらしたこと」自体が重大なミスと考えます。全市民の情報が約2日間、市の管理を離れた状態に置かれた。これは「たまたま最悪の結果にならなかった」だけで、一歩間違えば取り返しがつきませんでした。防災で「火事にならなかったから、火の消し忘れは問題ない」とは言えないのと同じです。

「誰が情報を扱っているか」が見えなくなる怖さ

この事件のもう一つの核心は、委託の連鎖です。市が直接契約していたのは大手IT企業のBIPROGYでした。しかし、実際の業務は市の承諾なく別会社へ、さらにその先の会社へと委託されていました。結果として、市が「この会社に任せた」と思っていた相手と、実際に情報を持ち歩いていた人は、別人でした。

情報を預けるとき、私たちは「相手を信頼できるか」で判断します。ところが、任せた先がまた別の誰かに任せ、それが繰り返されると、最後に情報を触っている人が誰なのか、誰にも見えなくなります。これは会社や役所だけの話ではありません。友達に預けた秘密が、その友達から別の人へ、さらに別の人へと伝わっていく——SNSでよく起きることと、構造はそっくりです。

現代との接続:情報を「持ち歩く」時代だからこそ

いまは、スマホ一つで大量の情報を持ち歩ける時代です。テレワークや出張で会社のデータを外に持ち出す機会も増えました。便利になっても、「落とす」「置き忘れる」といった物理的なミスのリスクはなくなりません。

あなたのスマホにも、友達の連絡先、一緒に撮った写真、グループのやり取りなど、「他人の情報」がたくさん入っているはずです。もしそのスマホを電車に置き忘れたら? ロックをかけていなかったら? 尼崎市の事件は、規模こそ大きいものの、根っこにあるのは「他人の情報を預かっている自覚」と「基本のしくみを守れるか」という、私たちにも通じる問題なのです。

この事件が教えてくれること

1. 情報は「持ち歩いた瞬間」からリスクが生まれる

どんなに暗号化しても、情報を外に持ち出せば「落とす・盗まれる・置き忘れる」危険がついてきます。まず「本当に持ち出す必要があるか」を考えることが、最初の防御です。

2. 暗号化は「守りの一つ」であって、油断の理由ではない

暗号化やパスワードは大切な技術です。でも、それがあるからと安心して雑に扱えば意味が薄れます。この事件では、USBメモリーのパスワードやアクセス権の設定・管理もずさんだったと指摘され、さらに市が会見でパスワードの文字数を説明してしまう場面もありました。強いパスワードを設定するだけでなく、その扱いに注意し、知る人を必要最小限にすることも大事です。

3. ルールは「面倒だから」ではなく「守る意味がある」から存在する

「勝手にコピーしない」「決められた安全な方法で運ぶ」「作業後すぐにデータを消す」「勝手に別の会社へ再委託しない」。これらのルールが一つずつ守られなかったことが、事件につながりました。ルールは、疲れているときや気がゆるんだときのために用意されています。

4. 事故は「本人が気をつける」だけでは防げない

「なくさないように気をつける」だけでは、事故は防げません。人は疲れたり、判断を誤ったりします。だからこそ、USBメモリーを原則使わない、持ち出しには承認を必要とする、作業後すぐに消去する、といった失敗しにくいしくみを作ることが必要です。実際に尼崎市は事件のあと、委託事業者へデータを送る際には、USBメモリー等ではなくクラウド上のファイル転送サービスを原則利用する方式へ変更しました。サーバールームの入退室管理も強化し、委託事業者にはデータ消去証明書などの提出を義務づけています。注意力だけに頼らない対策こそが、再発を防ぎます。

5. 情報は見つかっても、失われた「信頼」は簡単には戻らない

USBメモリーは見つかり、漏えいも確認されませんでした。それでも、市民に大きな不安を与え、市は信頼回復のための対応を迫られました。情報の管理では、「起きてしまった不安や手間は、簡単には取り戻せない」ことを忘れてはいけません。

考えてみよう

  1. もしあなたが、友達みんなの連絡先や写真が入ったスマホやUSBを預かっていたとしたら、どんなルールを自分に課しますか? 外に持ち出すとき、何に気をつけますか?
  2. 「暗号化していたし、結局見つかったのだから大した問題ではない」という意見について、あなたはどう考えますか? 賛成・反対の両方の理由を挙げてみましょう。
  3. この事件は、一人の不注意ではなく、いくつもの安全策が同時に機能しなかったことで起きました。あなたの身のまわりで、「一つ失敗しても大事故にならないように」二重・三重に備えられていることには、どんな例がありますか?

私たちにできること

  • 持ち歩く情報を最小限にする。スマホやUSBに入れる「他人の情報」は、本当に必要なものだけにしましょう。
  • 端末のロックと紛失対策を設定する。パスコードや生体認証を設定し、「端末を探す」機能や遠隔ロック・遠隔消去を使えるようにしておきます。あわせて、必要なデータは安全な場所へバックアップを。
  • 作業を終えたら、保管・返却・削除まで済ませる。「あとでやろう」と持ち歩き続けず、決められた手順を終えてから次の行動に移ります。
  • 預かった情報は「自分の物ではない」と意識する。友達の写真や連絡先を勝手に他へ回さない。これも立派な情報管理です。

この事件を知ってほしい対象

この事件は、中学生・高校生にぜひ知ってほしい出来事です。「情報漏えい」というと難しい技術の話に聞こえますが、この事件の入口は、無断のコピーや運搬ルールの不履行、作業後の油断という、とても身近なものでした。そして何より、「悪意のある一人」ではなく、複数の安全策が同時に機能しなかったことで起きたという点が重要です。スマホで大量の情報を持ち歩くみなさんにとって、「他人の情報を預かっている自覚」と「注意力だけに頼らないしくみの大切さ」を、具体的に考えるための教材になります。

用語メモ

  • 個人情報:氏名・住所・生年月日など、単独またはほかの情報と組み合わせることで、特定の個人を識別できる情報。取り扱いには法律(個人情報保護法)でルールが定められている。
  • 暗号化:正しい鍵(パスワードなど)を持つ人以外は中身を読めないよう、データを変換して守るしくみ。
  • 委託いたく・再委託:ある仕事を、契約して外部に任せることを「委託」、任された会社がさらに別の会社に任せることを「再委託」という。連鎖すると、責任の所在や「誰が情報を扱っているか」が見えにくくなる。
  • 住民基本台帳:市区町村が管理する、住民の氏名・住所・生年月日などをまとめた基本の記録。
  • 情報漏えい:守られるべき情報が、権限のない第三者へ実際に流出すること。今回の事件ではUSBメモリーの紛失は起きたが、調査の結果、情報漏えいは確認されなかった。(紛失や一時的な所在不明そのものは重大な事故だが、第三者に見られる前に回収された場合は、原則として「漏えい」には当たらないとされる。)

📚 参考資料・関連記事

この事件について、以下のサイトでくわしく知ることができます。

📖 一次資料(公的機関・当事者)

📰 ニュース記事・メディア

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